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お師匠様との邂逅・地の巻 [私事]



さて、先日の続きをば。
お師匠様は私に気付かず隣に座って下調べに没頭、というところから。
朗読の部が終了して、10分休憩に入った。
「お茶とお菓子を準備しておりますので、皆さまこちらでどうぞぉ」
と呼びかけがあるが、いきなりお初で目上の方9割の中で我勝ちに飲食って、そっ、そんな度胸はない…。
ええいままよ、と隣に向き直り
「先生、先生!」
「…」
「S先生!」
「ハァイ?」
ぼうっと怪訝そうな顔がやっとこちらを向く。一瞬ひるむが
「あの、chisatoです」(あ、苗字で言いましたけどね)
「あぁ、あぁ~」
と相好を崩すお師匠様、というわけでようやく御挨拶叶ったり。虎の尾を踏むバリに緊張した。
「随分大人っぽくなられてぇ」
「イエイエ、老いただけですから」
「老いたって貴女、そこは成長したとか言ってくれないとぉ」
「す、スミマセン…」
いきなり失言。成長とはいかないにしても、ボキャ貧だな我ながら。
(ちなみにワタクシ「貴女〔アナタ〕」なんてキャラじゃないですが、お師匠様がメールでこう呼ばれるので表記を準じてみました。ご了承を)
「お荷物になって、申し訳ないんですけど…」
と、もさもさ手土産を渡そうとしたら
「え?あらまー、来てくれればそれでよかったのに貴女」
と苦笑され、発表の時間で前に移動しなければ、とのことで、
「貴女、それはちょっと預かっておいてもらってぇ、後で渡してもらおうかな?それと、今日貴女何で来られたの?」
と訊かれ、
「駅まで父に同乗して、そこから歩きです」
「ワタシ今日ね、駐車場がちょっと遠いところに置いちゃってねぇ」
「あ、そこまでお送りします」
「あそお?それじゃ帰りは駅まで乗って行きなさいよ」
「え、構いませんか?では、お言葉に甘えて」との次第。
お師匠様は東北の出の方で、やんわり籠っておっとりした話しぶりでいらっしゃる。
トレンチコートを脱いで、前に出て行かれたのを見ると、青と紺の粗いタータンチェック地の三つ揃い、という、相変わらず独創的な仕立てのお洒落。

会はその後はミニトークショーと称して、詩人の方を中心に小講義のようなものがあって、永瀬清子の来歴なども含めかいつまんでお話があった。
この会自体は私が行きそびれた去年のものも含めて何回か催されたそうで、今日はその一応の締めくくりという位置づけらしい。
お師匠様との再会に気を取られて正直あまり下調べも出来なかったが、彼女は私の父が松山から帰岡した最初の数年と、定年までの数年を過ごしたハンセン病施設にも詩の指導に長く訪れていたそうな。
また、宮沢賢治の『雨ニモ負ケズ』が書きつけられた黒い手帳がトランクから発見された折に同席した、唯一の女性詩人が彼女であったりもした。
(この詩を、私の生まれる前に没した父方の祖父は何度も得意の書で書いて、額装したものが今もひとつ父の実家に残っている)


↑6年前のケータイ写真なので写りがヒドいですが、祖父の額の一部。

更に父母の母校の校歌の歌詞も彼女の作と知り、思い込みかも知れないが、意外な縁のある方だなあと目を見張っていた。

三番目に出て来られたお師匠様は、壇上に上がられて開口一番
「え~、今日は一応一人7分で喋って下さい、と、こういうことなんでぇ…」
会場に笑いが広がる。ははっ、無茶だわそりゃ。道理でその前の方々も落ち着かない御様子だったわけだ。
しかし、7分の為に、あんなに資料持って来られていたのか…。
「ワタクシも、岡山へ来て35年になりますけども」
には、えっ、そんなに?と今更ビックリ。大学時代がもう15年くらい前だけど、私が生まれた時にはもう岡山におられたんだなぁ。
…などと感慨に耽っている間に何か本を示してお話しされた気がするのだけど、そこを聴き逃してしまった。あのバリバリ油紙の本だと思われる。
そこから永瀬氏との実際の交流の想い出話。御自分の本の出版記念の席で、丸山薫の書簡研究の際、永瀬氏から丸山氏への手紙があったことを踏まえ
「貴女の本、買っています」
と永瀬氏にお声をかけ
「あら、貴方買ってるの?」
と彼女が仰ったそうな。それからしばらくあれこれとお話されたとか。
次に、師匠・佐藤惣之助について。彼は小マメな人で、彼女が子供を産んだ時も面倒を見たりしていたとか。魚釣りの好きな人で、彼女をとても買っていたらしい。
永瀬氏は家の長男が亡くなったので、跡を取るために親の薦めで親戚の男性をもらう形で結婚。当時としては珍しくない。
「式の日に、『終生、詩を書きますからね』と、まぁスゴいことを仰るわけです」
と、さも面白そうに話される。スゴいことなんだろうなぁ、当時としては。今もか。
彼女は結婚で大阪に移った後、夫の転勤で上京。
大阪で所属していた『五人』という雑誌の岩田潔の紹介で、後に日本詩人協会の理事長となる北川冬彦の第一次『時間』へ参加することとなる。
師・佐藤惣之助のもとを離れる際、永瀬氏は手紙を書いている。佐藤氏は時勢を悟り、留立てせず快く送り出したそうだ。
しかしその後二ヶ月で彼の主宰する『詩之家』は廃刊。
彼女への思い入れ故の事かどうか、研究を要するところ。

一方、昭和の詩流の中で、同人誌『亜』との関わりは希薄(永瀬氏が見ていた形跡がない)。
「これがその原本です。ちょっと回しますから」
と、数冊回覧。しばらくして一冊手元に回って来た。手で創りました、ガリを切りました、という雰囲気のある雑誌。ゆっくり見る時間はなく、お裾分け程度。
また『四季』という雑誌には世に知られた「諸国の天女」一篇のみの寄稿となっていることについてもまだまだ研究の余地がある、などと語る間に左手でチン、と卓上鈴が鳴り
「先生、そろそろお時間が…」
申し訳なさそうに声がかかる。
大学講義の90分ですら大抵足りてなかったし、退官講義の時もレジュメがどんどん飛ばされた上で話終わってなかったもんな~。脱線というのとは違うんだけど、いつも話し切れないもどかしい感じを持っている方。ひっくるめて懐かしい。

終了して、椅子などの片付けが始まったので張り切って参加してみる。
形は同じ椅子の、色を揃えるとか揃えないとか、最終的にはカートに乗せて奥に運ぶのだとかどうとかで、男女で意見が分かれて若干モタモタ。
ご想像通り、男性陣は「色は別にいいんじゃないの?」であり、女性陣は「それは揃えて下さい」となる。面倒くさいが、ちと面白い。
手伝いになっていたのかどうか微妙だが、どうにか大体は片した。

息をついていると、アラフォーくらいの女性の方に声をかけられる。
「あの、あなた、S先生についとられたの?いえね、さっき先生がそう仰っとってじゃったから」
「ええ、そうです。ええと…」
「私、○○言うんじゃけど。岡大の哲学で○○先生についとってね~」
「あ、そうなんですかぁ…。友達で哲学行った人はいるんですけど…」
「最近、図書館とか行きよる?大学の」
「いや~、なかなか行けなくて」
「私、よう行きよるんよ。あそこ、本がいっぱいあるじゃろう?」
機嫌良くお話しになって、さっと離れて行かれたので、お名前を忘れてしまったし名乗り損ねてしまった、と気付いて慌ててもう一度呼びとめて名乗った。
そのひとは少し困惑した表情で
「ちょっとこのあと、行かにゃおえんもんじゃけえ。また、またな!」
と言って去って行かれた。うぅ、正しいリアクションが解らん…。

お師匠様はI先生とお話し中。
さっき後ろで話していた折にお師匠様に、
「Iさん知ってるでしょ?」
と訊かれたが、私は無言で首をブルブルっと振るばかり…。
「あそう?彼はいい詩を書くよ」
とお師匠様。底抜けの無学でまったく情けない。ミニトークも穏やかで、上品なユーモアをまとった優しいお人柄を感じた。
私は気を利かせたつもりで斜め後ろから近寄って
「先生、センセイ!お話し中スミマセン」
お師匠様が振り返り
「ああ、そうそう、ワタシ、貴女を送らないと。帰りますよ」
「あ、イエ、私、少し下の展示観てきてもよろしいでしょうか?先生方はどうぞごゆっくり」
「うん?ああ、ハイ。じゃあまたあとでワタシが下の展示室に貴女をお迎えに行けばよい、とこういうわけね?」
「そ、そうですね…ではお待ちしてます」と飛ぶように展示室へ駆け下りる。

今日はこのあたりで。って、手を加えてたら長くなったなオイ…。
冒頭写真は同時開催、「永瀬清子展」の看板。
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コメント 2

joy-child

携帯からです[嬉しい顔]
先生との会話が楽しいです[ぴかぴか]
すごく、落ち着いた方だなぁ~って印象が、
chisatoさんとの会話から伝わってきます[かわいい]
7分のために膨大な資料を用意される先生に、
すごく好感が持てる…じゃなかった。
えーと、そういう方、尊敬します[ぴかぴか]
(若干「上から目線」のため言い直し[嬉しい顔][飛び散る汗])

貴女を迎えに行く、
と言ってくださったり、
いい先生だな~[ぴかぴか]
自分の大学の頃の先生とくらべちゃいました(笑)
(※再失言[汗])
by joy-child (2010-04-07 10:16) 

chisato

joyさん、ようこそ!
エントリしといてなんだけど、携帯からこれ全部読めるものなんだねぇ。

あー、お師匠様は私の倍以上年配の方なので、落ち着いてらっしゃるのは確か。私の至らなさ落ち着きなさが際立つばかり。
そして私の大学時代は、パソコンもインターネットも文系の研究用データ管理の主流ではなかったんよね。
あの世代の教授陣は常に紙資料をたのみにしている気がします。

joyさんの恩師、どんな方だろうなぁ。理系って想像に限界が…。
いや、でも学生時代は怖かったよ。いい先生だけど偏屈な方でもあってね。
卒論、途中段階でなかなか持ち込めなくて叱られたりしてました。
今でも怖い気持ちは少しあるけど、自分が図太くなっただけかも…。

細かい言い回しはノー・プロブレム(笑)
by chisato (2010-04-07 22:33) 

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