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with the painkiller(芸術篇) [その他]



先日の続き。父と運転交代して、吉備路のれんげか大原美術館か?でひとしきり迷った末、後者をチョイス。
大原美術館は5/9まで春の有隣荘特別公開「ヤノベケンジ幻燈夜会(ファンタスマゴリア)」開催中だった。

時間的に回れるかどうか訊ねて、本館(分館・工芸・東洋館含む)+児島虎次郎記念館(オリエント館含む)+有隣荘共通割引パスポート1800円×2。
一応事前にネット割引アンケートらしきものを書いて来たんだけど
「もうかなりお得なチケットでございますので、こちらは使えないんです」
と言われて恥ずかしい思いをする。本館のみ、という回り方をすることも少なく、今迄使えた試しがない。学習能力ゼロ。

早く閉まる有隣荘からスタート。建物自体、年二回の公開時でないと入れないので初めて。
モダンな洋間もあるけど基本和風。磨き込まれた廊下にガラス。古き良き趣に浸る。
さて、ヤノベ氏と言えば『トらやん』。とにかく建物内のあっちゃこっちゃにいる。


↑看板(マッキーブログ読まれている方はそちらでも御存知かも)。

最初の展示室で説明ビデオがちっこい画面で手動(リモコン)でリピート再生されているのをまず観てみる。
映像制作は彼のメインのアートワークじゃないんだろうけど、若干冗長(狙いかなぁ…)。
見た目のユーモラスな感じとはウラハラに、チェルノブイリ原発事故や原爆などと絡めたテーマだそうで、それを作者のお父様がトらやん片手に関西弁の腹話術で語る。
字幕は英語。『欽ドン!』的笑い声入り。しかも後方にもトらやんがいて、定期的にウィーン、とモーターで動くので音が聴き取りづらかった…。
観ているうちに、元々のpopな印象がいろんな方面に拡散。
二階の部屋には親指大からヒトくらいまで大小様々のトらやんがどわーっ、といて壮観。
お年を召した奥様が、学芸員女子に
「これはいくつくらいあるん?」とか「まあ~、スゴいねぇ」とか熱心に話しかけている。

父にはトらやんの世界観は「?」だった様子(翌日になって「なんかアレは後から来るな」とも言っていたけど)。
私も、トらやんのヴィジュアルだけ見ていた時は面白い気がしていたものの、細かいシリアスな設定を聞くと、ちょっとうーん…と。
やっぱ芸術の補足は微妙だなぁと思いつつ、作りの細かさとか、スケッチなどに、より「トらやん、伝えたいねや!」を感じた。
冒頭写真は、有隣荘を外から見たところ。よーく見ると、二階の真ん中あたりからトらやんと龍が覗いていたりする。
(「トラやん」とツイートしまくってたけど、よく見たら「トらやん」でした)

大原美術館、続けて本館。


↑お馴染み、ロダンの『カレーの市民』がお出迎え。
さすがにもう何度も来たので、入口の児島虎次郎も含め、「ああ、久し振り、元気にしてた?」と話しかけたくなる絵も多い。
今回はムンクの『骸骨の腕のある自画像』『病める子』に強い印象を持った。
(これもツイート時点ではうろ覚えでバーッと書いててタイトル微妙に違ってました。併せてお詫びして訂正致します)
多分初めて観た…と思う。モノクロの版画で、立ち去り難い暗さに惹きつけられる。

我々以外の客は老夫婦が多い。仲良さそうに話されていてほのぼの。
モネの『睡蓮』の前で
「こりゃ有名なやつじゃ」とご主人。
「同じのが何個かあるんじゃ言うなぁ」と奥様。
「おお、なんぼでもある。」
なんぼでもはないでしょに、と笑いそうにもなりつつ、私は憂鬱を引き摺っており、考え事をしていてボーッとなってしまい(ピカソの『鳥籠』を見て「ウーロン…?」としばし悩むなど)、父にヤイヤイ言われながら分館へダッシュ。

分館の目当ては山口晃氏の『倉敷金刀比羅図』(瀬戸大橋周辺を俯瞰で描いた絵)で、猫まっしぐら的に覚えのある方向へ馳せ参じたんだけど見当たらず。
学芸員(多分)の男性に尋ねたら
「今、収蔵庫ですね…。そろそろまた出るかと思いますが。おいでになる際に確認頂ければ確実です」
と。んー残念。ちなみに、5年前の有隣荘春の特別公開が「会田誠・小沢剛・山口晃」だったそうで、その時の出品作。
この時点で既に16時を回っていて、閉館は17時。
少し離れた児島虎次郎記念館へ速足で向かう。

児島虎次郎記念館は、大原を出て倉敷川を渡り、お土産店などの小路を抜け、アイビースクエアの敷地に入ってすぐ左手の奥まったところにある。
蔦も今がとても美しい季節で、新緑の中を歩くと少し気持ちが晴れる。
児島虎次郎氏は岡山の画家で、実業家・大原孫三郎氏に美術館の作品買付を任された人物(これは是非買うべきです、と児島氏が洋行先から一本手紙を書けば、有名無名を問わず、大原氏はすぐ手付金を用立てたとか)。
女性を多く描いていて、ひとの表情に漂うそれぞれのモデルの善良な温かみにいつもホッとする。『奈良公園』も久々だな…。

ここで父とはぐれ(何故だ…)、隣のオリエント館に行って
「連れが入ってるかもしれないんですが…」と受付の女性に尋ねる。
「どうぞ、入ってお探しになって下さって結構ですよ」
ざっと見るが見当たらない。
「どういう感じの方ですか、女性の方で?」
「いえ、あの、60くらいの男性なんですが」
オリエント館の受付の方が虎次郎館の方へ戻って行って、防犯モニターを見ながら
「ああ、この方じゃない?こっちも探されよるような」と招く。
小さい画面の中で、帽子を被った父がゆらゆら階段を下りている。ビンゴ。
「あ、ありがとうございます。」
焦りつつ合流。しかし、ああいう風に常に見られているわけだな…。
再度オリエント館へ(父が入場券二枚とも持っているので、一人でこっちに入りはしないか、と後で気付く)。
「先程はどうもお騒がせしました…」とまたペコペコ。
水差しとか鉢とか矢じりとか、遺跡から出て来た系がいっぱいあるんだけど、時間切れでざーっと通過しただけ。高村光太郎の「腕」はここだったかな?
父は
「後半の方が面白かったわ。」
よく訊くと、本館以外は来たことがなかったそうでビックリ。ちっくと待ってつかあさい、おんしは何年岡山に住んどるがじゃ(つい人気の土佐弁)、もとい、ちょー待たれぇ、おんしゃー何年岡山ぁ住んどんでぇ。
私がトロいせいで駆け足になってしまったな…。

今日はこのあたりで。次回は食べ物系など。

with the painkiller(診察篇) [私事]



5/7の診察日つれづれ雑記(初回はクラいです。落ち込みたくない方は御遠慮を)。

ワケあって時期的に絶不調。季節の風物詩みたいなもんですが。
雨の降る中、あれやこれやと思い出さなくていいことを思い出し、明け方まで涙が止まらずほとんど眠れなかった。
基本ノー天気だけど、まあたまにはそんなこともあるのです。
親には寝てないとは言えず、「たまには運転せにゃ」の言葉にしおしおと従う。
ったく、事故っても知らねーぞ(自業自得)。
いつしか雨はやんで、7分前くらいに無事クリニック着。

ドクターにはいろいろ言った。感情的だったからアヤフヤだけど、
「いつもナイガシロにされて、いつも結局は選ばれずに、置いて行かれる立場になるのが、もう慣れてますけど、納得いかないんですよ」
みたいなことを言って涙が出そうになり、声がワナワナ震えたのは憶えている。
「居ても立ってもいられなくなったら要注意。状態はあまり良くないけど、こういう時はのんびりして、何かしないといけない、と焦って、無理して物事を始めないことです」
とドクター。通常の落ち込みレベルで、ここから病的に落ちる兆し、というわけではないと思うから、薬はとりあえずこのままで様子を見よう、と。

待合で精算を済ませて、いつものように伝言ノートを開く。
そこに、字からして恐らく知人女子からの、名指し批判と言うか悪口。
数行だけど、興奮のあまりというか、何を書いているのか判読できないところもある。
いやなことは続くものだなぁ、と呆然。追い打ち的に凹む。

彼女とは病気絡みで、最初はノートでやりとりして、当時はアドレス記入も規制されてなかったため、直でメールしたいと言われて応じた(今日び月一回手書きでやりとりもないか、と思ったので)。
その後、偶然ノートを書いているところを見つかって待合で声をかけられ、呼び出されてお茶したりもした。数年前のこと。

他人のプライバシーに関わるので詳細は差し控えるが、彼女は、私とやりとりしている頃は、幸せ故に諸々不安定な時期だった。
私は別の病気に誤診されている頃で、薬が奏功せずあまり調子が良くなく滅入りがちだった。
そのうち、不要不急な用件が昼夜を問わずエンドレス、みたいな感じになってきて(本人は憶えていないと思うけど)当時の私には対応しきれず、
「これからはそちらの問題だから、私が口を出さない方がいいと思う」
と断って距離を置いた。
他に支えてくれる人がいない状況ではなかったので、ひとまずお役御免かな、という判断だった。
だけど、ねたみから来る嫌がらせと取られて、今日に至るまで激しく恨まれていたみたい。

ねたみではなかったのかといえば、それも確かにあったのだろう。
ひとになおざりにされる悔しさを知りながら、因果応報としか言いようがない。
まあ関わるひと全員に好かれることも嫌われることもないけどな…。

その横には、前回私にダイエット法を訊いたひとからの書き込みもあったりして、それぞれにそれなりに考えて返事を書いて、自分も書いて、すっかりテンションがぐだぐだになる。
「本当にどうでもいいひとには何も言ってくれないと思うので」
と書いたかな…。希望的観測っつーかお花畑的思い込み。

薬局で和光堂カシスオレンジ(始めて見たので飲んでみる。まあ普通に酸味の強いオレンジかと)。
天気はばかみたいに良くなる。さすが晴れの国おかやま。
気が滅入っている時に妙にいい天気だと若干ムッとしますね。罰当たりですけど。

性悪を露呈するエントリになってしまってどうもスミマセン。
この次はほどほどに普通の話になると思います。
敢えてクラいところで切っておこう。

写真だけでも明るく。大原美術館の中庭あたりのひとコマでした。

Cherry・Sunny・Monday(花と団子篇) [COOK]


いやはや、すっかり遅くなってしまいました。続きです。

クリニックへ戻り(大抵車置いてしばらくフラフラしてますスミマセン)、車で旭川方面へ。
後楽園Pは満杯で、Uターンして父隠れ家から徒歩で再度向かう。
旭川さくらみちのさくらカーニバルは満開若干散り始め、というところ。月曜にしては混雑している。

平日のせいか、子供を連れたお母さん、もしくは犬を連れた奥様、という組合せが多い。橋の上で、仔馬くらいの大型犬を連れたデカいサングラスの奥様が二人続いたのにはちょっと笑ってしまう。奥様は片手にコンデジを構え、引っ張られ傾きながらそこらを撮影。近くの人も
「まあ、犬じゃが」
と見れば分かることをうっかり口に出してしまう動物園状態。


後楽園の外堀側を歩いていると、白鳥の足こぎボートに家族三人で乗っているが、てんでに漕ぐので同じ所でくるくる、くるくる。キャーキャーと楽しそうな歓声。
桜の木も増えてきて、ちょっと日陰に入る。
ベビーカーに乗せた赤ちゃんの髪が綿毛のようにプワプワして、大五郎的にぶすっとむくれていて可愛い。
後方から、お年を召された奥様が
「まぁ~、ヘイゼイの(いつもの)場所じゃねえとこにおってじゃが」
と声をかけた先を見ると、パッチ姿のご老体がベンチでふはは、と笑っている。
小学校に上がるか上がらないかくらいの男の子は
「あんな、あんな、ママとオレがな、ユウと一緒に行ってな」
と興奮気味に母親に語りかけ、
「お姉ちゃんって呼ぶんじゃねかったん!」
と女の子に叱られている。母親は二人を両手にぶら下げるようにして歩く。

外苑からぐるっと川沿いを歩きつつ写真を撮ってみる。
接写を多用したり、綺麗に撮ることを意識したのだけど、なかなか難しい。


いじっていじってこの始末。


この、花弁が白っぽくて緑の葉が出るタイプのやつは桜じゃないんでしたっけ?
私はどっちかというとこっちが好きかも…。

天気も申し分なく、久々に桜を満喫。
桜の寿命は50年くらいで、旭川沿いの桜も満身創痍なんだけど、ボランティアのひとが率先して治療した甲斐あって、白っぽくなっていた花の色も徐々に桜色を思い出し、少しずつ元気を取り戻している様子。
岡山には醍醐桜という樹齢千年以上の桜もあるので、夢は大きく、長生きして欲しいもの。


歩いて戻りがてら、表町の「はらドーナッツ」に寄る。私は今回初めて店に入った。こじんまりして好感の持てる店構え。
限定のトマトドーナッツがあったので、それも含めて5つほど買う。
レジをしていると、二階のイートインから家族連れが降りて来る。
男の子がショーケースを見て
「こっちのチョコがかかっとるやつの方がえかったぁ」
「そうなん?じゃけど、チョコはちょっと苦めじゃとか言われよったよ」
と母親。女子店員は私のドーナッツを包みながら
「ありがとうございました~」
と見送っている。
子供の頃、親子三人でドーナッツ屋なんて、うちはなかったなぁ、と思いながら私は財布を閉じる。

隠れ家に戻り、ペプシNEXにて乾杯。
洗濯機を回しつつ、あり合わせでおつまみをば。



 1)玉ねぎ+マヨネーズ+塩コショウをボウルで和える。
 2)少し油をひいたフライパンでよく炒めて取り出す。
 3)賽の目に切ったスパムをよく炒め、玉ねぎを戻し入れる。
 4)卵+酒+砂糖を溶いたものを流し入れて軽く炒る。
 5)乾燥パセリをパラパラっと振って出来上がり。


これが適当に作った割に結構好評だった。
洗濯物を干し、干してあったものにアイロンをあて、トイレの床を拭き、便器に手を突っ込んで洗って(父の方針で掃除道具がないので、ウェットティッシュという名の赤ちゃんのおしりふきを素手で持ってゴシゴシ)、片付ける。

隠れ家を出て、啓文社に寄って、隅から隅までウロついてやっと詩のコーナーを探り当て(行きつけの店なのに、建物内でも方向音痴というか勘が鈍いな…)、『詩のすすめ』(吉野弘)を購入(アンチHow toだが、破れたり、というところ)、音楽雑誌などを立ち読みし、22時前に帰宅。

まあ、諸々春らしい一日でしたとさ。おしまい。

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