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haven't read Somerset [BOOK]



さて、今更アタフタ読んでますコチラ。
『月と六ペンス』(サマセット・モーム/光文社古典新訳文庫)。
↑写真左上
いささか、タイトルを書きたいがために選んでるかのように見えるかもしれませんが(言わずと知れた?GALLOW好き)、これは今週の東京FM系「パナソニック・メロディアス・ライブラリー」の課題。
ちなみに『SOMERSET』で歌われていたのは多分『人間の絆』。これも読んでない…。

うーっ、結局、同番組で二週にわたって取り上げられた、番組初の新刊『1Q84』はまだ買ってません…。
村上作品に関してはミーハーなものは関係ないと解ってはいつつ、みんなが群がっている時に買うのが昔からどうも苦手で。
ホトボリが冷めた頃に、こそーっと買うと思います。

図書館サマサマ、な感じですが、ここ最近はちょっと、借りては挫折が続いてました。『富士日記』も一冊も読了出来ず挫折…。なんでだ?
また読めなくなってきたのかな、と不安に駆られつつ、読み始めたワケですが、これは面白い!

ワタクシ、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ大好き人間でもあります。
つまり、ゴーギャンは、行きがかり上、正直あんま好きじゃない。
そりゃ、ゴッホは弱いひとかも知れませんけど、自分だってカネに困って渋々ゴッホの借りた黄色い家にやってきた癖に、技法など自分のやり方を上から押し付けて、挙句ゴッホを追い詰めて、傷付けて。
許すまじ、サノバビッチ!ガッデム!!
…と思って観るからか、あの澱んだ人の肌と彩色も鬱陶しい。
その場でイーゼル立てて、じゃなく、思い出してアトリエで描くやり方だから、生き生きしてないとしか思えないんだけど。
ま、だから読まなかったワケではありません。単にモデルが彼だという基本的知識すらなかっただけ。

まさに「まだ読み終わってない」んですが、今日明日くらいで終わりそう。
そして、ああ~、こういう人だったんだな、と妙に納得してます。
モームのクールなフィルターを通して見ると、画家の持つ癖と魅力がよく解る。
私は、途中で出てくる、ストルーブというさえない画家が好きですが、作者の、出てくるそれぞれのひとに対して抱く複雑で細やかでちょっと意地悪な心象、それを端的に描くリアリティあってこその存在感という気がします。
そして、中心人物。そりゃこの男はゴッホとは合わないよな…と。
乱暴に言えば「誰になんと思われようとてんで気にならない男」、それがストリックランド、つまりゴーギャン。
ゴッホは多分、優しさからくる愛着や深読みが空回りするうちに病気が再発して奇行に走り、身内に迷惑かけつつ悪化するタイプ。
時代も時代だから、きっといい薬もないんだけど、気遣いのないひととの距離感を大事にしないとロクなことが起きないのは、火を見るより明らかだなぁ。

私がゴッホを好きになった頃は、まさか自分も病気になるとは思ってなかったけど、なるべくしてだったのかも…。芸術的天賦の才以外のダメなところは似てる気が。
人間は、善きにつけ悪しきにつけ、相手がすごく気にしていることを、まったくどうでもいいと感じていることがままあって。
かけがえない、大事、譲れない、そういうことは、意外と身近なひととは共有できないもので。
でも大抵、「知ったこっちゃないよ」という本音は、お互いそんなに露骨に出さない。
だから、「解ってくれているのかも?」とヘンな期待をしてしまう。
それが裏切られたと感じたとき、凄まじいショックを受けてしまう。
ストリックランド、つまりゴーギャンは、そういう意味で、野放図でありのままだ。
だから人間関係がうまく結べなかったり、嫌われもする。
その癖、その事に傷付かない。
ヘンな話ですが、学ばされる部分もありました。
傍若無人になりたいワケでもないんですけど…。

まだ最後まで読んでませんから、ドンデン返される可能性もありますが。
モームはもっと読んでみたい気がします。
あと、この光文社古典新訳文庫は読みやすい!!
基本、中野好夫さんなど、初期の訳の格調が好きなんですけど、確かに今の言葉であることのメリットもある気がします。
夥しい読まず嫌いも克服出来るかも?

NO REPLY Daddy-Long-Legs [BOOK]



梅雨ですね。珍しくよく更新している方かも…。
昨年偶然撮れた、私にしては珍しくお気に入りのこの写真、いつかよい頃合を見計らって出そうと企んでいたので、今だっ、と。
なんか、お気に入りの傘を差して、あじさい寺にでも行って、ボンヤリしてたい気分です(傘は数年前にセールで迷いに迷って買ったシビラのをなくして以来買う気を失ってるのですが)。
まぁウジウジしてても仕方ないし、読書か、料理か、気の晴れることをやってみようってことで、ここしばらくは読書してました。
それも、世を騒がす新刊をおごるわけでもなく、専ら母の手持ちとか、図書館頼り。
岡山は最近出来た県立も含め、市内にいい図書館が多くて、全国的に見て利用率も高いのです。


これは皆さんに懐かしい!と言って頂けるんではないかしら。
ウェブスターの「あしながおじさん」です。
最初読んだのは、多分愛媛に住んでた頃だから、10歳よりは下かな。
親戚が送ってきた少年少女文学全集、みたいな、赤い人工皮張りっぽい装丁の50冊セット。
田舎で娯楽が少なくて、娯楽に興味もない子供の私は、月に何度か松山の街中に連れてってもらって、三越やそごうで母が日頃の食材の乏しさの反動に燃えている間、7階あたりの書店でへたりこんで本を読む子供でした。
ですから、岡山の田舎から送られてきた段ボールにてんこ盛りの本にはいたく興奮。
ランドセルを放り出し、暗くなる部屋で読み耽っていました。その一作品。

写真のはどちらも遠藤寿子さんの訳だけど、私が読んでいたのとは訳者の方が違うかも(手紙の結びの「あらあらかしこ」というのに、子供の私はすごくオトナを感じていた記憶があるので)。

今回は父がついでで借りて来てくれて、親切な男性の司書の方に
「子供向けと、一般の物とございまして、どうなさいますか?」
と尋ねられ、「どっちか判らんかったけぇ、両方借りてきた」と…。
オイオイ、アラサー娘がオトナかコドモかの判断も出来んかね、お父っつぁんよ。
ま、リハビリも兼ねて、岩波文庫版を。久々の旧字体に四苦八苦しつつ読んでました。でもこの格式、慣れてくるとたまりません。

でも、委細はさておき、25年越しに改めて読むと、途中で結末をなんとなく思い出したせいもあるけど、おじさんの心情にも、ヂューディーの女性らしいのびやかで利発な快活さにもオトナ寄りの目配りが出来て、とても浮き立つ時間でした。

「人世で、立派な人格を要するのは、大きな困難にぶつつかつた場合ではないのです。誰だつて一大事が起れば奮ひたつことが出來ます。又、心を壓し潰されるやうな悲しい事にも、勇氣を振つて當ることは出來ます。けれども、毎日のつまらない出來事に、笑ひながら當つてゆくには━━━それこそ元氣が要ると思ひますわ。」
私はここが好きです。普遍的な真理ではないでしょうか。

最近の私の本のチョイスは専ら「クボリカワ書房 BOOKSカテゴリ」と「パナソニック メロディアスライブラリー」のレコメンドに基づいてます。
「あしながおじさん」の回はラジオを寝坊して聴き逃してしまって。
優れた本は古びずに何度でも楽しめるから好きですね。
また、うちの母は高校時代のインテリ国語教師に「読書が趣味だと言う奴の気が知れない。読書とは苦しいものだ」と言われたことを忘れてません。
私も子供の頃からそれを聞かされ、履歴書には苦心したものです。

病気で、フィクションが怖くて受け入れられず、小説が読めない時期が長かったのですけど、今は随分豊かな気分が味わえますのよ、ってところなのでした。

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